【鉄道葬送曲】57:姫路市営モノレール~今や公共投資失敗の記念碑~
姫路市営モノレール。この路線があったことをどのくらいの人が知っているのだろうか。
昭和41年、姫路市の手柄山で「姫路大博覧会」が開催された。その際に、姫路駅から会場への足として開業した。将来は姫路市内に路線網を延伸する計画だった。それどころか、はるばる鳥取まで延伸する構想あったらしい。今となっては、モノレールで高速長距離輸送など信じられない話だが、ここで採用されたロッキード式モノレールは最高速度160km/hまで可能とされていたので、あながち誇大妄想と言い切れない話であった。
ところが、そもそも開業が博覧会開業に間に合わなかったのがケチのつき始め。博覧会があっという間に終了し、その後は利用客激減。そもそもわずか1.6kmの営業キロでは利用客が限られることにだれも気づいていなかったのか。歩いても移動できそうなたった3駅の路線で想定利用客数100万人とはどういう計算だったのか。当然ながら利用客数は想定を大きく下回り、大幅な赤字を計上。わずか8年で休業の憂き目。
費用対効果を無視し強行した結果、大赤字を出して失敗した公共投資の典型例。公共の利益が多少は優先されるので、絶対黒字とは言わないまでも、ある程度採算は考えないと。必要性、利用者数の想定をきっちりやれば、ここまで無謀な投資をすることはなかったろうに。
今、終点であった旧手柄山駅は車両展示スペースとしてよみがえりました。それに昔の軌道もまだまだ残っています。昭和レトロ満載。でも、ここからロマンを感じる以上に、失敗した公共投資の残骸として教訓をより感じるべきではないだろうか。昔の軌道は、崩落の危険もあり、撤去にも金がかかると、未だに市民に迷惑をかけているのだから。
写真はたくさん撮ったので、別途ぽつぽつ貼っていく予定。今回もさわりだけ。
昭和41年、姫路市の手柄山で「姫路大博覧会」が開催された。その際に、姫路駅から会場への足として開業した。将来は姫路市内に路線網を延伸する計画だった。それどころか、はるばる鳥取まで延伸する構想あったらしい。今となっては、モノレールで高速長距離輸送など信じられない話だが、ここで採用されたロッキード式モノレールは最高速度160km/hまで可能とされていたので、あながち誇大妄想と言い切れない話であった。
ところが、そもそも開業が博覧会開業に間に合わなかったのがケチのつき始め。博覧会があっという間に終了し、その後は利用客激減。そもそもわずか1.6kmの営業キロでは利用客が限られることにだれも気づいていなかったのか。歩いても移動できそうなたった3駅の路線で想定利用客数100万人とはどういう計算だったのか。当然ながら利用客数は想定を大きく下回り、大幅な赤字を計上。わずか8年で休業の憂き目。
費用対効果を無視し強行した結果、大赤字を出して失敗した公共投資の典型例。公共の利益が多少は優先されるので、絶対黒字とは言わないまでも、ある程度採算は考えないと。必要性、利用者数の想定をきっちりやれば、ここまで無謀な投資をすることはなかったろうに。
今、終点であった旧手柄山駅は車両展示スペースとしてよみがえりました。それに昔の軌道もまだまだ残っています。昭和レトロ満載。でも、ここからロマンを感じる以上に、失敗した公共投資の残骸として教訓をより感じるべきではないだろうか。昔の軌道は、崩落の危険もあり、撤去にも金がかかると、未だに市民に迷惑をかけているのだから。
写真はたくさん撮ったので、別途ぽつぽつ貼っていく予定。今回もさわりだけ。


この記事へのコメント